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カテゴリー「旅行・地域」の9件の記事

駅前放置自転車クリーンキャンペーンを嫌う

結論を先に言うなら、これは駐輪場不足問題なのです。キャンペーンをするなら、行政・鉄道事業者・駅前商店街に向けてこそ行うべきです。あなた方の努力不足から、自転車利用者が強いられた「放置」で迷惑をしている市民や顧客がいるのだということを!

私は自転車にはほとんど乗らず、いつもサッサッと歩いていますが、駐輪場不足から公道に放置されている自転車には毎日のように迷惑をし、車道で自動車にぶつけられるリスクに晒されています。(自転車以外でも公道を占拠する商店の売り場?やその不法な看板類と日々闘っています。・・・後日報告)

駅近くの一等地でもTIMESなど民間駐車場が1時間500円もしないで場所を貸し出していますが、あの場所はなぜ有料の自転車置場にならないのか不思議です。通勤・通学自転車は10時間程度は置きっぱなしになるのですから、自動車1台分の面積に自転車10台以上へ1時間20円程度で貸し出せばもっと儲かるのではないかと思います。夜は自転車を脇に寄せて駐車場に戻すのもいいアイディアです。そんな工夫を規制するような法律や行政指導でもあるのでしょうか?

鉄道事業者も怠けています。ろくに使っていない「鉄道用地」にSUICAなどで簡単に駐輪場の利用できるようにすればいいと思う場所が地元の駅には結構あります。利用時間帯によっては貨物車輌でも使ってどこかに運んでまた持ち込むようにするのもいいかもしれませんね。

駅前商店街が一番情けない。潰れた店をどんどん借りて、店での買い物分の駐輪サービスをしたり、通勤・通学でも大いに利用してもらえばいいと思うのです。「海の家」のような顧客の囲い込み作戦!

今後、加齢で歩くのに不自由する方が自転車なら移動が楽で荷物も運べるということで、短距離でも自転車利用する場合が増えるはずです。またそういう方こそ、小金とヒマな時間をたくさん持っているのです。「駅まで10分以内の方は・・」などという張り紙を出すようなセンスの無さは行政人や商売人として失格ですね。

実はこの話し、私が中学生時代にも似たような「運動」があって、それをきっかけに新聞へ投書した内容と7-8割同じです。掲載こそされませんでしたが、その後の「自由課題文」ではよく同じネタで主張をしてきました。もう35年以上も同じようなことが続いているのですから、ずっと世の中では皆が「自転車利用者のモラル」という固定概念で済し、少々気が付いても「また行政の怠慢か」程度で終わらせ、進歩がなんでしょうね。(えっ、私も進歩がない、、確かに)

ひょっとすると、このようなキャンペーンは「本当の仕事」を増やしたく無い行政の狡猾な作戦かもしれません。歩きタバコ禁止条例とかも同類かな~。(続く)

路上禁煙条例を嫌う

もちろん、私はニコチン中毒に陥っているジコチュウの依存症患者ではありません。むしろ少々喉が敏感な、タバコの煙ですぐに咳き込む「弱者」です。

このタイトルはほぼ以下の地元自治体への投書に真意が含まれています。

通勤でXX方面からXX駅までの毎日往復しています。区内全域での歩きタバコ禁止を条例化されたことには大変感謝していますが、施行後、往復の路上で見る限りは残念ながらほとんど守られていません。(学校の多い地域でもあるため、ルールが蔑ろにされている点も気になります。)この4月からJR各駅が全面禁煙になると歩きタバコがさらに酷くなることは間違いありません。何度か見たことがありますが、歩きタバコの火による被害や、喫煙者と一般市民が言い合いになるなど路上でのトラブルが(条例化もあって)頻発しそうです。以下のような広報や指導をお願いできませんでしょうか?
・タバコを販売しているタバコ屋、駅の売店、コンビニ、自動販売機などにポスター掲示を義務付け、暫くは販売時にチラシを配布させる。
・東電広告に協力を求め、電柱の住居表示部の下に条例により歩きタバコが禁止であること、迷惑であり危険であることを表示する。
・JRとの話し合いで4月からの喫煙者対策として駅でのアナウンスや掲示の際に路上での喫煙も禁止されている旨を広報してもらう。
ニコチン中毒患者として喫煙者の行動を考えると上記のような対策をしても、直ぐには歩きタバコは止めないと思いますのでタバコを販売している各事業者に協力を要請してそれらの販売場所に喫煙施設を設置させることを本格化してはどうでしょうか?一部コンビニやタバコ屋の店頭にそれらしい設備のあるところは見受けますが量も(他に迷惑をかけない設備としての)質も不十分です。品川駅前のように業界団体から資金を出させた設備を作る方法もありかと思います。せっかくの条例を形骸化させずに、「この条例の目的を達成するため、広報、啓発、指導、助言その他の必要な施策を実施する」(第三条)ことを是非お願いいたします。

、、ということで、過去の「健康増進法を嫌う」で記事にしましたお隣のK区の所轄部門へのお手紙でした。条例が蔑ろになっている状態を放置すると遵法精神自体が萎えます。この条例に実効性を持たすことができないのであればやはり嫌悪の対象になります。

そして、ここまで都内に路上禁煙条例が広がるとそれを施行できていない区にはニコチン依存症患者が集中し、およそ健康増進法の主旨に沿わない街角が出現しますね。オリンピック誘致よりは都民の健康に貢献できるはずなのに、東京都はどうしたのか?Wikiを読んでも不明だったのですが、やはり石原都知事もニコチン依存症患者なのかなと思います。

K区は大変マジメで、投書には必ず返信があるのでまた報告します。

ノラネコエサやり依存症患者を嫌う

野良猫に餌をやるほとんどの方は依存症ではないかと思うようになりました。

「ひとを嫌う行動の難しさ(野良猫の飼い主編)」という記事を約1年半前に書きましたが、甘かった。自称ジャーナリストによるJ-CASTニュースという素人のブログのような記事を配信する通信社の記事を読んでいるうちに嫌悪感が出てきたので半日ほど考え、このタイトルに到りました。パチンコやタバコと同様、これはその定義通りの依存症です。

精神に作用する化学物質の摂取や、ある種の快感や高揚感を伴う特定の行為を繰り返し行った結果、それらの刺激を求める抑えがたい欲求が生じ、その刺激を追い求める行動が優位となり、その刺激がないと不快な精神的・身体的症状を生じる精神的・身体的・行動的状態のことである。(Wikipedia「依存症」より引用)

加えて、依存症患者は、「病的な心理的防衛機制である<否認>を多用するため、しばしば依存症は『否認の病』とも言われる(同)」そうですから、この不可解な人間行動をほぼ正確に言い当てていますね。

「ノラネコエサやり」を「地域の環境問題」と主張する、この千代田区在住(=多分マンション住人)の香取章子というジャーナリストには、野良猫の臭さや煩さに迷惑する地域住民(の「地域の環境問題」)や動物愛護センター見学で自省する方々の感受性を理解できず<否認>し続けることでしょう。自ら「猫教の伝道士」と名乗っているぐらいですから、これは自他共に認めるホンモノの依存症患者です。

また、近所をジョギングをするたびに遭遇する「ノラネコエサやり依存症患者」をよくよく観察すると、自分がノラネコを支配していることを確かめるようにエサをやりながら、鳩やカラスを追い払うなど、とても動物愛護の精神があるとは思えない。少なくても「動物を愛する心こそ、人類愛に通じる」(日本動物愛護協会のモットー)からは程遠いものがあります。

一方、依存症患者の周囲としては(私のように個人的に戦うことは稀であって)、パチンコやタバコのように何らかの規制を求めざるを得なくなります。(北九州市のように実直なものから杉並み区の取り組みのように考え抜いたものまでいろいろあります。)

やはり修行としてネコババとは戦わねばなりません。

健康増進法を嫌う(地元自治体との戦い)

「区長への手紙」から始まった、地元自治体との交換書簡です。前々回のJR東日本企画と同じく、時系列で転載します。

件名:路上禁煙を早く実現してください

区長は煙草を吸いますか?私は吸いません。若干喘息の気があるもので、路上で前を歩く人が喫煙をすると咳き込みます。I区はいつになればはっきりと路上禁煙が実現するのですか?他の自治体での取り組み方を見ると、健康増進法の主旨からすればさほど問題なく実現できるはずです。法解釈などという高尚なものではなく、単に首長のやる気だけの問題に思えます。私個人で言えば、住まいからJ駅方面に行く道はひとつで、行き来する喫煙者を避けるために早朝に家を出るのですが、最近は工事が多いせいか、特に最近は煙を避けきれず、朝から大変不快かつ不健康な思いをさせられています。K区がどうなっているのか分かりませんが、(TY学校脇あたりで)I区に入ったとたんに煙草に火をつける輩が多いのも困ったものです。このような質問をして意味があるのか不明ですが、I区の公道上における喫煙の放置について大変理解に苦しんでいます。是非とも一区民が納得できる返答をお願いいたします。

Subject: 路上禁煙の早期実施について

ご質問いただいた件について、回答させていただきます。日頃からI区の環境行政にご理解とご協力をいただき誠にありがとうございます。I区では、「xxクリーン条例」により、区内全域の道路など公共の場所においては、歩行喫煙をしないように努めることを義務付けております。さらに、乗降客の多い駅周辺や人通りの多い商店街を「路上禁煙地区」に指定できる旨規定し、現在7地区を指定しております。路上禁煙地区内では、終日路上での喫煙行為を禁止しており、週3回、巡回パトロール指導員により、違反者に対する注意・指導を行っています。ご指摘の健康増進法は、施設管理者に対して施設内での受動喫煙防止の努力義務を規定していますが、路上喫煙についての規定はありません。たばこは嗜好品であり、ルールとマナーを守った上での喫煙は認められています。そこで、路上での歩行喫煙や吸い殻のポイ捨てなどの迷惑喫煙行為を防止するためには、喫煙者のマナーアップが重要になります。このため、I区は、駅頭でのキャンペーン活動などにより、区民の皆様方と手を携えて喫煙マナーの向上に取組んでおります。また、ボランティアからなる「I区喫煙マナーアップ推進員」制度を創設しました。現在、141名の推進員が、各地域で吸い殻の清掃活動などを通して、喫煙者のマナーアップに取組んでおります。推進員は、どなたでもなることができます。この一員として一緒に活動に取組んでいただければ幸いです。 大変貴重なご意見をいただきありがとうございました。I区は、今後とも町会・自治会、商店会をはじめ多くの区民の皆様と手を携えて、喫煙マナーアップの推進に向けて、粘り強く取組んでまいります。I区長 S       (参考) Iクリーン条例第12条:区民等は、道路、公園、広場その他の公共の場所を歩行中又は自転車に乗車中に喫煙をしないよう努めなければならない。 健康増進法第25条:学校、体育館、病院、劇場、観覧場、集会場、展示場、百貨店、事務所、官公庁施設、飲食店その他の多数の者が利用する施設を管理する者は、これらを利用する者について、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされることをいう。)を防止するために必要な措置を講ずるように努めなければならない。

Subject: 路上禁煙の早期実施について

やはり区長はタバコを吸われるようですね。喫煙者の嗜好を(非喫煙者は)理解した上でそのマナーの改善を応援することを区民に求めるなど本末転倒ではありませんか?そもそも喫煙の習慣は嗜好というレベルで語る問題では既に無くなっていて、はっきりと「ニコチン中毒患者」であるとWHOも規定しているなのですから、努力義務やマナーなどに期待して解決するものではありません。健康増進法の主旨からすれば、はっきりとルールとして強制することで(喫煙者の健康を守るためにも)禁煙を促すべきで「路上禁煙地区」など設定するから、「それ以外なら吸ってもいいんだろ」(、、と言われてこともあります)、という発想になっているような中毒患者から、区民の健康をどう守るのかをしっかりと考えてほしいと思います。今時の日常生活で煙草の煙を強制的に吸わされるのはもう路上ぐらいしか残っていないのですから、早く手を打たないと道路施設管理者である行政はその不作為を問われるのではありませんか。一方で有効な施策が実行できている自治体が存在するのですから、何か事が生じたときにはその取り組みの差が原因として問題になるはずです。(ところで、健康増進法に具体的な規定がないから、路上での喫煙は「認められている」という法解釈はおかしくありませんか?区が条例で設定した努力目標とも矛盾していますよ。)少々荒っぽいメールになって恐縮ですが、残念ながらご返信内容にはほとんどの点で納得できません。区内全域を路上喫煙禁止にできない理由を教えてください。

Subject: 路上禁煙の早期実施について(回答)

いつもI区の環境行政にご理解を賜りありがとうございます。お返事が大変遅くなって申し訳ございませんでした。さて、ご質問の件につきまして、別添により回答いたします。I区環境保全課

、、とのメールにMS-WORDでの短い回答が添付されていました。以下の返信にそのほとんどは引用しています。

Re: Subject: 路上禁煙の早期実施について(回答)

環境保全課長 Y様
ご回答ありがとうございました。ほぼ同様の問い合わせにお隣のK区では1週間ほどで回答いただきました。内容も努力の姿勢を示した誠実なものでした。さて、「喫煙については、現在法で認められております。この制限をする場合は、法律の明確な規定による根拠や特別な理由が求められます。」は分かるのですが、そこで地方自治体としての仕事を諦めて、「したがって、ルールとマナーを守って喫煙することが重要であると考えます。」とする点は飛躍があり俄かには納得できない論理です。ルールやマナーを守れない「病人」をどうするかが問われているのです。ましてや、「仮に規制による制限を行った場合、喫煙者への配慮として喫煙所及び排煙処理設備の設置など都市環境整備を行うことも重要なこと」とは思えませんし、そんなことをする必要が「法律の明確な規定による根拠や特別な理由」としてあるのでしょうか?「こうした法令面や設備投資などの課題があるなかで、まず喫煙者のマナーアップを図ることに力を入れております。」とは誰のために行政を行っているのでしょうか?行政が業務を推進しないでいい理由を「課題」と称して問題の本質から逃げているだけのように思え、ほとんど理解できません。あえて理解するとすれば、失礼ながら、区長やY様ご自身が喫煙者(ニコチン中毒患者)ではないかと思う次第です。各自治体はさまざまな工夫をしながら年々改善を重ねています。今のI区は3年前の当事者の尽力に胡坐をかいて、もう何もしないと決め込んでいるとしか思えませんがいかがでしょうか? 参考資料http://www1.sumoto.gr.jp/shinryou/kituen/walkingsmoking.htm

、、ということで、この件がその後どうなったかはまた記事か自己レスにします。それにしても、健康増進法はニコチン中毒患者がその抜け道を残すために作ったとしか思えませんね。

ひとを嫌う行動の難しさ(ノボリ編)

「無責任な警察のノボリ」がこの週末、住んでいるマンションから撤去されました。管理組合からは、1ヶ月間という地元警察からの要請を受けたものである、との連絡を受けていましたから、私の要望書がなくても撤去はされていたのでしょう。(とは言え、丁度31日目に撤去されたのは気持ちがいい。)

実は管理組合理事の複数とは知り合いです。諸事情から察すると、地元警察を全面に出して別の活動(公道でのアイドリング駐車への警告表示)をした直後だったようで、断り難かったという状況があるようです。公僕を盾として活用する事は私もよくやりますから、管理組合のこの判断を私として責める訳には行きませんでした。

・・・ということで、この1ヶ月間は毎日このノボリを見ることになったのですが、このおかげで、商店の前にあるノボリとの戦いの日々を思い出してしまいました。

ミスタードーナッツとの戦い

ある風の強い日、「100円キャンペーン」が私を襲ってきました。あれは危なかった。土台の容器に水を入れて重くしてあっても、土台自体がノボリを支える部分が緩く、もともとフラフラしていました。2メートルはあるポールの先端がまともに顔に当たれば相当痛いし、失明の恐れだってある。通行する人も迷惑そうにしているのを知っていましたので、これは私に与えられた天命であるとの思い、すぐに電話とメールの両面作戦を実行しました。「お客様相談室」の電話で相手が思わず言った内容をそのまま議事録にしてメールで送るという作戦です。撤去を約束したのに翌日にそうなっていなかったことをメールで入れました。どうやら店舗には「通行の邪魔にならないように」程度の連絡しかしていなかったようです。それでも、メールで「昨日の電話では・・・」と約束事項を確認すると、企業人の習性で直ぐに対応し、翌日に無くなっていました。ただ、店長が代わってからは控えめながらまた出るようになっていますので、そのうち「因縁」を付けたいと思っています。直接店長に文句を言いに行かないのか、という声が聞こえてきそうですが、実は私自身、ドーナッツが好きなもので店舗とは直接対決したくはなかったという事情があります。(トホホ)

不動産屋との戦い

大企業との戦い方には慣れているのですが、街中の中小企業相手となると辛い。弱いものイジメは好きではない。それでも、歩道を我が物顔で占拠して「明日のコミュニティをつくる」とノボリで宣言する不動産屋には腹が立ちました。宅建取得者なら歩道とは何かを良く知っているのですからなおさらです。そこで弱いもの同士の戦いに追い込もうと、捨て看板という不動産屋の不法メディアを活用しました。ノボリを立てている不動産屋も、物件の近くでは捨て看板を使っているのでしょうが、店の前の電柱には捨て看板を掲示していません。また、同じ不動産屋同士の仁義でしょうか、他社の捨て看板も見かけません。これは不公正でもあります。数度試みたのは適当な捨て看板を「拾って」、そっと夜のうちに不動産屋が昼間ノボリを立てるところに置いてしまうという作戦です。ノボリを立てると丁度その両脇に捨て看板がシンメトリーになるように配置してみました。でもこれは虚しい結果に終わっています。3度は試みたのですが、捨て看板が外されただけで何も起きず、ノボリは立ちつづけました。直接「因縁」を付けに行く事も考えたのですが、地元の不動産屋は「弱いもの」とはいえ、もっと弱い私にはそれこそ何をするか分からない怖い存在です。それまでの行動もばれているでしょうから、逆に「因縁」を付けられる可能性がある。私は痛いのや怖いのは嫌いですから、不動産業界に匿名で投書だけしました。何の効果もありませんでしたが。(トホホ)

ノボリとの戦いが難しいのは、捨て看板や貼り紙と違って、ビラと見なして「拾う」ことができず、ポールなどは明らかに私有財産に見えるので勝手に破棄できないことです。公僕を使おうにも、「交通安全キャンペーン」などといって横断歩道で歩行者の視界を遮る危険なキャンペーンを警察自らがしているぐらいですから、協力などしてくれそうもありません。そんなノボリにまつわる状況を見据えてなのか、ここ数年では闇金融数社(を相手にする闇広告業者)による高さ1m程の金属製看板がワイヤー付きの鍵で固定される光景まで見るようになりました。あれはなぜ放置されつづけているのでしょうか?公僕から堅気までがノボリで公共空間を私有しているのと物理的には似たようなものだからだと思っています。

いつかやってみたいのは、「ノボリ禁止 不法ノボリ防止協会」という小さいノボリをたくさん作って、夜のうちに昼間ノボリが立つ場所へ一斉に立てるということです。環境に配慮して、ポールは新聞紙を丸めて作り、A4の紙には両面印刷をして資源を有効に使いたいと思っています。大企業と中小企業、営利目的と非営利目的、業態(飲食店、不動産、薬局、警察など)の属性によって効果の違いが出るか?それぞれのn数は統計検定ができるだけはあります。これって、今年の夏休みの自由研究かな。

手抜き貼り紙「金正日=Criminal」を嫌う

金正日のシルエット写真に’Criminal’と一語だけ印刷された、コラージュ風の紙(モノクロA2程度)10数枚が、76日(木曜)の朝、最拠り駅の途中にある朝鮮学校入り口付近の電柱に貼り付けられていました。北朝鮮のミサイル発射に関連して、同校の生徒や教師などに見せるために貼られたものなのでしょう。そして、夜帰宅した時には(所々剥がし残りがあって)汚く剥がされていました。

この貼り紙、手抜きにも程がある。

まず、金日正が「犯人」であることなどは当然であって、そんなことは皆知っている。その上でこの貼り紙によって何を主張したいのかをちゃんと表現できていない。「金正日を尊敬している生徒の皆さん、このヒトを犯罪者として一緒に糾弾しましょう」という呼びかけなのでしょうか、「この剥がすのが大変な紙を学校の壁に貼られたくなれれば暫く休校にしなさい」とも、「これを機会にCriminalという単語を覚えて下さい」とも、「早速制作した私の作品いかがでしょうか、写真と文字の配置には特に気を配ったんですよ」とも、「東京電力よ、街中の電柱・電線を早く地中化しなさいと次はおまえが標的になるぞ」とも、「日頃から不動産屋の貼り紙を放置しているのだからこれも剥がせないよな」とも、「隣の貼り紙とは違うところが3箇所ありますので探して下さい」などとも取れる。要するにこれを見た相手に、あの程度の表現だけで自分の主張を分かってもらおうと期待する甘えがある。

次に、TOEIC470点は必要な米英単語を使っている点、主旨が一貫していない。アメリカ合州国との協議を希望していることを邪魔するために、たまたま歩いているアメリカ人がこれを見て「そうか犯罪者か、この国と個別協議をしてはいけないな」などと説得されることでも期待しているのだろうか。日本人に向けたアジビラなら、刷毛で書いたような太い書体で「革命の敵!犯罪者金日正を糾弾せよ!」とやれば主旨はよく通じるし、朝鮮学校関係者向けならば、ハングルでそれやってほしい。不勉強なのか、ハングルが出来るヒトの協力を得られなかったか、電子辞書で調べて書いても間違うと恥ずかしいと思ったのか、とにかく努力が足りない。

そして、貼り方が下手。朝7時の時点で既に2-3割は剥がれていた。これは剥がされたのではなく、きれいに紙全体が剥がれ落ちていたから、貼り方の不適切さによるもの。そして、貼り付いていた紙は、地面に近いところや妙に高いところに斜めなったりしていた。せっかく裏面粘着加工(恐らくは水ノリ)がしてあるのなら、十分水に漬けてから、見やすい高さを狙って正確に貼ってほしい。ところどころ電柱に撒きついている貼り紙防止用のエンボス付きビニールカバーぐらいは事前に下見で確認して、基材にウレタンを使った両面粘着テープぐらい準備してきてほしい。脚立も当然持参しなきゃだめ。

貼り紙自体、騒色として嫌いな私ですが、このような手を抜いた貼り方にはさらに怒りが込み上げてきます。

さらに、汚い剥がし方にも一語。朝鮮学校関係者が昼間に剥がしたのであろうが、ちゃんと剥がす技術やその気持ちが無いのなら、電柱の管理者である「東電広告株式会社」にすぐ連絡して剥がさせなさい、と。あのように汚い剥がし残りがあるようでは、一糸乱れぬマスゲームが大好きな金正日から怒られてしまいますよ。あの貼り方なら、お湯を入れた霧吹きと金属製のヘラを使えばきれいに剥がれる、とNHKの「ご近所の底力」でもやっていたではないですか。(私は近所の貼り紙で過去2度これをやりました。)

最後に、もしもアジビラをばら撒く替わりだと言うのなら、不動産屋のように厚紙にビラを貼り付け針金で固定する方法を取って欲しかった。私が帰り道にすべて片付けられたんですから。

無責任な警察のノボリを嫌う

帰宅すると、マンションの駐車場の柵に、黄緑の蛍光色の布でできた安っぽいノボリが2本立っていました。

「注意 車上狙い急増 車内に貴重品を置かないように 〇〇警察署 〇〇懇話会 〇〇協議会」

これを発見した翌朝、管理組合にこのような要望書を入れました。(この要望書の制度は、私が管理組合の役員の時に理事会で提案して作ったものです。毎年数十件の要望が出ているようで、我が家も年に1-2件は出しています。)

要望書本文は次の通り。

駐車場に立てた蛍光色のノボリは、マンションの美観を大きく損ねる一方、駐車場利用世帯への情報伝達が目的であれば他により有効な方法がありますし、犯罪者への威嚇の効果も期待でませんから、撤去してください。私自身、5年ほど前に車上荒らしに遭い、警察に届け出た経験を持っています。(この件は、管理室や同じ屋外駐車場利用世帯で顔見知りの方にすぐ連絡しました。)警察の現場検証はありましたが、その後連絡などありませんから、犯人は捕まっていないようです。しかし、その対策として、このようなノボリを立ててもらいたいとは全く思いません。もし、警察からの依頼で、車上荒らしへの注意の喚起が目的だとすれば、駐車場を利用している世帯に注意を促す文書を配布すれば目的は果たせます。むしろ、犯罪が再発したのであれば、その内容や対策などをもっと具体的に連絡することが必要です。また、犯罪者への威嚇が目的とすれば、そもそも犯罪者がノボリを見たからその犯罪を止めるとはとても思えないし、逆に狙いやすい場所だと思わせてしまう危惧があります。美観は大切なマンションの価値です。その価値を損ね、効果が期待できないことは止めて下さい。

一応ここを終の棲家と考えているので、事を荒立てることは避けたいですし、マンションは価値観の異なる個人の共同体ですから、あくまで事実を踏まえた実務的で説得力のある内容を心掛けました。しかし、ここに書いてないことの方が重要です。書かなかったことを以下に追記します。

まず、このノボリを立てるということは、警察の無責任な仕事を認めしまうことになります。この地域での事故件数や傾向、個人でできる有効な対策に関して情報提供をするという仕事をせず、税金を使って、美観を損ね、効果もないノボリを立てて廻っている、そのうろうろする様を想像するに腹立たしい。多分警察のOBが「懇話会」か「協議会」にいて、「仕事」をしているのでしょう。

そして、もし車上荒らしがあった場合には、ちゃんと注意を促していたでしょう(悪いのはあなた)、などと平然と警察は言って責任を被害者自身の不注意にしたいのでしょう。だが、これも実態と合っていない。私は5年前に車内に貴重品などモノは何も置いてないのに、犯人はドアの鍵をドライバーでこじ開け(壊れてしまった!)、ガソリンスタンドの割引券ぐらいしか入っていないダッシュボードのフタを開け、物色したのです。結局なにも盗られなかったのですが、警察の現場検証では派出所まで出向かされ(駐車場が無く、徒歩15分)、鍵の修理で2万円ほどかかり、保険会社とは大喧嘩をし、実に無駄な(実のところは充実した!)時間を過ごしたのです。そもそも夜に「仕事」をする車上狙いが、貴重品があるかどうかを確認してから「仕事」をするとは思えません。

文面も気に食わない。「置かないように」とは命令口調で何と高圧的な言い回しでしょうか。貴重品を置く人間がいるから、車上狙いも急増して、(警察の)仕事が増えて困るので「置かないように」と言っているようにも取れる。いや本当はそれが目的でしょう。そして、責任を分散するために3団体を列挙するところもセコイ。

さて、既に3日が経ちましたが今だに撤去される気配はありません。その後どうなったか(どうしたか)はまた報告します。

ひとを嫌う行動の難しさ(野良猫の飼い主編)

野良猫に餌をやる「善良な」市民を嫌う行動について、ちょっとしたきっかけがあって想い出してしまいました。ここ数年の戦歴を書き出してみたいと思います。

その前に背景を少々。野良猫に餌をやることに関するルールは曖昧で、後述するその被害の深刻さとは裏腹に、マナーの問題(個人の勝手)とされがちです。とは言え、東京都の審議会答申などを読むと、野良猫に餌を与える人間をその飼い主と見なそうとする傾向が強くなっているようです。(ここから以下「野良猫の飼い主」とします。)猫などのペット類は自宅で飼うことが義務付けられていますから、公園など自宅外での餌やりは「マナーが悪い」のではなく、「ルール違反」となる日は近いでしょう。

私は公園が近くにあるマンションに住んでいるので、野良猫とその「飼い主」で問題になる事を日々の生活から具体的に列挙できます。

1.糞で悪臭が漂い、伝染病を運んでくる。(さらには猫の死体の始末など「野良猫の飼い主」はしませんから、こちらで役所に通報して回収されるまではもっと臭いし、不衛生で不気味です。)

2.泣き声が煩い。(「野良猫の飼い主」はこれで夜中に起される不快さを知るだけでも少しは反省すると思います。)

3.残った餌に烏やゴキブリなどがたかる。(そこで食べる分しかやらないと言う「飼い主」もいますが本質的なことではありません。)

4.不妊や去勢の手術をしないので子猫が増える。(自治体によっては公的助成もあるのですから、「飼い主」として面倒なだけでしょう。)

このような「野良猫の飼い主」としての無責任さに関する指摘は到るところで出尽くしているのでもう少し深いところを言うなら、実のところ、「野良猫の飼い主」達は、野良猫を自分の愉しみのために苦しめているのではないでしょうか?いま目の前にいる猫がかわいそうだから、などと言う方もいますが、

5.餌をやるとそこに野良猫が密集してきて、ケンカや伝染病でさらに短命になる。

6.不妊や去勢の手術をしなければ子が増え、「かわいそう」な猫がまた増える。

自分は善良な市民だと思っているのでしょうが、実に「残酷な善良さ」です。直接的な被害に加えてこのような「残酷な善良さ」には嫌悪感が湧き立つものです。

そこで本題ですが、戦歴としては次のようなことをしました。

その1 ネコババとの戦い

3年ほど前、公園に毎朝来る4-5人の中高年集団と戦いました。この中には(私はネコババと呼ぶ)明らかに目つきの変なオバサンがいて、マンションに火を点けそうなので、最初は直接対決を避け、公僕(公園管理課職員)を使いました。時間帯や特徴などを詳しく電話で話したところ、以前に直接注意をしたが言う事を聞き入れないとのことで、役所としてできることは注意を促す看板を立てる程度しかないとのこと。すぐに、行政としてはギリギリの表現で、根拠となりそうな事実をならべながら、「近所は迷惑しているから止めてください」式の立派な看板が立ちました。しかし一向に止めませんので、次は直接行動に出ました。その集団のいないときにできる事です。やはり悪い事をしているという認識はあるからでしょう、餌は植栽の後ろなどに隠してあります。これを目立つところに移す作業を暫く続けてみました。すると数日後にはマンションの周囲には置かなくなりました。またある日、この集団の中で比較的温厚そうなオジサンが一人で居たので、さらっと文句を言ってみました。どうやら本人もそう思っていたらしく、うなずきながら聞いていて渋々いなくなりました。これが効いたか分かりませんが、その後集団は仲間割れをしたようで、人数が減りつづけ、今ではネコババ一人がやってくるだけになりました。したがって戦いはまだ終わっていません。(注:実際には、私ひとりがこの集団と戦ったわけではなく、互いに団結などしていないのですが、マンションの管理組合を含む複数の申し入れが公僕にはあったそうです。)

その2 美しいご婦人との戦い

3年前の夏の夕方、自転車でやってきて餌をやっている比較的美人なご婦人に遭遇したときは、すぐに「無責任なことは止めて下さい」といいました。直接他人から言われた事などないのでしょう、ビックリした様子でした。続けて前述したような迷惑や無責任さについて、淀みなくプレゼンしました。最初はニコニコしていたご婦人がだんだんオロオロしてきたのがよく分かりました。小声で「かわいいから」のような事を少しは言ったようですが、私が主張を言い終わると引きつった顔ですぐに立ち去りました。数日後同じ場所でまた偶然遭遇したのですが、その時は私を見ただけで直ぐに去りました。それ以来は見かけません。美人だったので、もう少しお話ししたかったのですが。

その3 泣くオヤジとの戦い

「野良猫の飼い主」ばかりではなく、犬でもハトでも烏でも私の対応は同じです。2年前の春でしょうか、パン屑を作ってきて、いきなり公園に撒くオヤジを見つけたことがあります。猫、ハト、烏などが集まってくるのが楽しいようです。暫くその様子を見てから、オヤジが立ち去ろうとするときに「無責任なことは止めて下さい」と声をかけました。すると急に泣き出しそうな顔になり、涙声で「ダメですなんですかんね~」と言い出す始末。「ダメです」とはっきりといいましたら、「そうですか~」と言って立ち去ろうとするので、「片付けて下さい」と追い討ちをかけました。そして、撒いたパン屑を私も一緒に拾いました。それ以来見かけていません。このオヤジはどうでもいいです。

その4 若い男性社員との戦い

昨年秋頃ですが、隣接する企業の駐車場内で、営業車からキャットフードを出して野良猫にやっている若い男性社員を発見したことがあります。その時私自身は時間がなかったので、後でその企業の総務に電話で話したのですが、「なんということですか」などとその総務の方(女性)は怒りだしました。(私にではなく、その男性社員にですよ。)もともと企業として野良猫にはとても困っていたとのことで、社員を特定して厳重注意することと、念のためその場所に注意書きを出すことを約束してくれ、後者は直ぐに実行してくれました。さすがに企業がその所有地に出すだけのことはあって、理由などは書かずに「野良猫への餌やり厳禁 総務課長」としていました。その社員がどうなったか知りませんが、野良猫を含めて、その付近では見かけませんのでお咎めがあったのでしょう。

その5 あまりに善良そうな女性職員との戦い

「その4」と同じ頃に、同じような戦いがありました。少し離れた大学病院の寮に隣接した公園があり、そこで中年の女性職員二人が残飯のようなものをやっていました。これも直ぐに電話をして注意してもらいました。こちらの電話の相手(病院の総務担当)は想像を超えていたようでした。(私にではなく、その職員にです。念のため。)「衛生面では見本とならなければいけないのに申し訳ありません」とか言ったように記憶します。本当は私が直接注意をしたかったのですが、あまりに善良そうな様子だったので、気が引けたという事情があります。そういう時は文句をいっても迫力がなくて相手に怒りが通じないという経験を何度かしているので、後で電話することにしています。

残るのはネコババとの戦いです。これだけの嫌悪感を持ちながら、その後は直接行動に出ていない自分に修行不足を感じます。やはり逆恨み(否、ただの恨み)は怖いものです。先に餌をやってしまって楽しみを奪う作戦とか、朝から酔っ払ってからむ作戦とか、(NHK「ご近所の底力」は受信料を払っていないので)TBSの東京マガジンに取材させる作戦とか、いろいろ考えてはみるのですが妙案はありません。何か進捗があればまた報告させて頂きます。(ちなみに大学堂はあのブログを書いてからは近くにやって来なくなりました。まさかトラックバックをいろいろと入れたのが効いとは思いませんが。)

「悪い景観100景」を嫌う

これには強烈な嫌悪感を持ちました。不遜で無責任な点では「これ読め500選」の比ではありません。

今日5/28の朝日新聞の記事で初めて知ったのですが、「美しい景観を創る会」という建築・土木・都市計画などの専門家によるボランティア団体があり、「悪い景観100景」というものを「訴訟も受けて立つ、という覚悟」で公表したりして、「美しい景観づくりの国民運動を広げるための一翼を担う」のだそうです。

http://www.utsukushii-keikan.net/10_worst100/worst.html

記事には「悪い景観」の加害者(被害者?)である鹿児島の駅ビルの担当者による極めて正当な反論や、この「反論しにくい仕掛け」にポジティブに抗している神戸の建築家のブログが紹介されています。

http://homepage.mac.com/asami.masayuki/asamishinbun/PhotoAlbum17.html

景観とは、「風景外観」に「美しさ」を求める意味合いと、「自然と人間界のことが入りまじっている現実のさま」という中立的な意味合いがありますが、この会は「美しい景観」を創るのが目的ですから、美醜という価値観(さらにはイデオロギー)を含んだ内容を取り扱っています。実際、100選やそのコメントを読むと、専門家達個々人の価値観が剥き出しになった、恣意的な内容です。

私の感受性で大きく引っかかったものをいくつか上げます。(末尾の番号は100選に準拠)

1.実際に生活している人のいる住居に対して、「貧相」「まずしさ」「みずぼらし」などと宣告するとは何と不遜な事でしょう。スラムを指して、不衛生だ、不法占拠だ、経済の歪だ、というのは、それを強いられた人々への同情や社会の矛盾に対する怒りが背景にありますが、ここでは「悪い景観」として実際の生活の有り様を見下している。恥ずかしい、目障りだ、消えて無くなれ、と。(#28,#54ほか)

2.歩道橋を肯定しているとは何たる時代錯誤。歩道橋を美しい景観として創る、のでしょうか。しかも、写真で見る限り、横断歩道にすれば済むような場所。クルマとヒトの力関係を肯定して景観を語ることには、モノを造ることが仕事である専門家の「壁」を感じます。(#46)

3.違法である捨て看板や路上広告物や商店のはみ出しなどは、法律の範囲内にある屋根や壁面の広告物とは事情が異なります。「公共空間にふさわしくない」などと悠長なことを言っている場合ではなく、やる気があるなら、自分で文句を言いに行くか、通報して公僕に取り締まらせるかすればいいのです。(#25,#33,#35)

このほか、何度も出てくる「田舎は田舎らしくしろ」イデオロギーには差別すら感じますし、既得権の主張に過ぎない「眺望阻害」の例がいくつも出てきます。

さらに言うなら、領域が曖昧に設定され、論点も階層化もされていないためでしょう、次元の異なる問題や重複したものが並列で出てきます。これでは人に呼びかける内容としては怠慢です。この100選はメンバー12人が合意しているそうですが、「専門家による協調などではなく、日本的な習慣ではなく、激しくやっていきたい。」という会長の宣言も虚しく、メンバーが出してきたものをそのまま列挙するという、ひとつの協調の結果に見えます。

「悪い」と言っておけばそこに何か客観性があるように思わせることができるという姑息な設定も嫌いです。それも一部に違法なものを混ぜておいて。はっきりと「私達が嫌いな景観」と宣言すれば、メンバー同士の主観で決めていることが明確になります。その上で「嫌い」な景観を、恥ずかしい、目障りだ、消えて無くなれ、という主旨で「国民運動」を展開し、法律や規制の制定に向け正々堂々と活動をしたらどうでしょう。

電柱・電線のように、法律に触れていない、私も嫌いな景観も出てきます。これはこれで取り組んでいって欲しいですし、私も「活動」はしていきます。加えて、「みっともない宝くじ売り場」などというなら、救急車や選挙や「大学堂」の騒音、駅でのビラ配り、歩行喫煙なども広義には景観でしょうからしっかりとリストに加えて欲しい。会として「訴訟も受けた立つ」などと待ちの姿勢ではなく、電力会社や不動産会社に対して訴訟を起こし、激しく戦って欲しい。私もこれから捨て看板をゴミとして捨てに行きますから...。