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カテゴリー「ニュース」の43件の記事

上杉隆を嫌う

「この日本でフェアな言論空間を構築することは難しいのだろうか。筆者自身はジャーナリストとしての活動を休止するが、別の可能性を探ってみるつもりだ。」と6月に啖呵を切ってから2か月経過しても未だ活動を続けているこの方は一体何様だと思っているのでしょうか?(オタガイサマ~)

その後も8割方は管首相を批判する(ことで主張を正当化するだけの)記事を書き続けていますから、この方は小沢一派か自民党右派あたりにパトロンがいるのかもしれません。記事を載せ続けているダイヤモンド社や週刊誌も怪しい!

もとホテルマンらしいのですが、この方は顧客たる読者の白けた空気というものが分からないらしく、自由xx会というものの真意が疑われ(実際仲間も離脱?」)、要するにジャーナリスとに憧れているただのコモノなんでしょうかね。(←私の20数年前ぐらいに等しい!)

お盆休みで暇な方はどうぞ。虚しい記事が綴られています。

http://diamond.jp/category/s-uesugi

駅前放置自転車クリーンキャンペーンを嫌う

結論を先に言うなら、これは駐輪場不足問題なのです。キャンペーンをするなら、行政・鉄道事業者・駅前商店街に向けてこそ行うべきです。あなた方の努力不足から、自転車利用者が強いられた「放置」で迷惑をしている市民や顧客がいるのだということを!

私は自転車にはほとんど乗らず、いつもサッサッと歩いていますが、駐輪場不足から公道に放置されている自転車には毎日のように迷惑をし、車道で自動車にぶつけられるリスクに晒されています。(自転車以外でも公道を占拠する商店の売り場?やその不法な看板類と日々闘っています。・・・後日報告)

駅近くの一等地でもTIMESなど民間駐車場が1時間500円もしないで場所を貸し出していますが、あの場所はなぜ有料の自転車置場にならないのか不思議です。通勤・通学自転車は10時間程度は置きっぱなしになるのですから、自動車1台分の面積に自転車10台以上へ1時間20円程度で貸し出せばもっと儲かるのではないかと思います。夜は自転車を脇に寄せて駐車場に戻すのもいいアイディアです。そんな工夫を規制するような法律や行政指導でもあるのでしょうか?

鉄道事業者も怠けています。ろくに使っていない「鉄道用地」にSUICAなどで簡単に駐輪場の利用できるようにすればいいと思う場所が地元の駅には結構あります。利用時間帯によっては貨物車輌でも使ってどこかに運んでまた持ち込むようにするのもいいかもしれませんね。

駅前商店街が一番情けない。潰れた店をどんどん借りて、店での買い物分の駐輪サービスをしたり、通勤・通学でも大いに利用してもらえばいいと思うのです。「海の家」のような顧客の囲い込み作戦!

今後、加齢で歩くのに不自由する方が自転車なら移動が楽で荷物も運べるということで、短距離でも自転車利用する場合が増えるはずです。またそういう方こそ、小金とヒマな時間をたくさん持っているのです。「駅まで10分以内の方は・・」などという張り紙を出すようなセンスの無さは行政人や商売人として失格ですね。

実はこの話し、私が中学生時代にも似たような「運動」があって、それをきっかけに新聞へ投書した内容と7-8割同じです。掲載こそされませんでしたが、その後の「自由課題文」ではよく同じネタで主張をしてきました。もう35年以上も同じようなことが続いているのですから、ずっと世の中では皆が「自転車利用者のモラル」という固定概念で済し、少々気が付いても「また行政の怠慢か」程度で終わらせ、進歩がなんでしょうね。(えっ、私も進歩がない、、確かに)

ひょっとすると、このようなキャンペーンは「本当の仕事」を増やしたく無い行政の狡猾な作戦かもしれません。歩きタバコ禁止条例とかも同類かな~。(続く)

NHKテレビ放送を嫌う

今日、沖縄を訪問している首相や現地住民の言動をテレビで生放送していたのが(CMの無遠慮な挿入やコメンテーターの稚拙さが民放らしさを醸し出す)日本テレビだけだった、という現状は十分憂うべきでしょう。恐らくは沖縄県内では複数の放送局が完全実況していたのではないでしょうか?一方、公共放送を自負するHNKは、そんな事が世の中では無いかのようにプロ野球放送を続けていました。(BS加入料目当てで米国の野球の宣伝を「ニュース」としている日々の無残な行状よりは内需拡大になっていますが、、。)

そもそもテレビ放送自体が「完璧な洗脳装置」であり、視聴者の民度に合わせて初めてビジネスが成立する構造になっているのですから、何か高尚なものを期待をすること自体が間違っているのです。それでも「公共」放送ということで、私のように「受信料」をもう20年以上も意図的に払っていない市民を告訴できる立場でもあるなら、そこに一定の「常識」は期待したいところです。

新聞を読むのは(そのヒトにとっての)世の中の常識を知るため、という説には同感するところが多く、朝日を読むヒトと読売を読むヒトは「常識」が異なるということはあっていいと思います。これは、スポーツ新聞や聖教新聞などでも同様です。一方、テレビ放送を見るのは世の中の常識を知るためでしょうか?どうもこれは違いますね。番組表とHDDレコーダーを駆使して、自分が必要な「常識」だけを切り出して行く作業を怠ると、「公共放送」を見ていても、大リーグではいつも日本人が活躍していると思い込んだり、田舎ではいつも祭りをしていると思い込んだりしますね。

速報性なり、臨場感なりを売り物にしているはずのテレビ放送が冒頭のような事象に陥るのは、「公共放送」がその規準を示していないことに起因しているのではないかと思います。私がNHKを嫌う理由について、過去の記事でもいくつか触れてきましたが、このような「公共」という文言の恣意的で安直な独占とその悪影響に一番嫌悪感があります。

以下、どうでもいいことも含め、NHKを嫌う(最近)の理由を列挙しておきます

・天気予報の天気図で太平洋に無意味な縞模様を45度で入れるのは非常識だ。液晶TVのバックライトの光学フィルムがフレアを起こしているように見える。

・「入門ビジネス会話」など英語番組を使って、米国に都合のいい商習慣を一般化させるな。海外との英語でのビジネス=アメリカ流ビジネスの一般化に断固反対!(NHKはCIAの回し者か!)

・朝6時にアナウンサー5-7人が並んでニコニコするのは気持ち悪い。正社員では無い天気予報担当者のやや醒めた表情の一方で、バラエティ番組のノリで受けを狙って外した正社員が外されない様を毎日見るのは本当に気持ち悪い。

・ぴろきを重用するのは止めてくれ。ギタレレのピックアップが不適切かつ不用意に大音量で耳障りだ。何を喋っているかも聞き取れない。そして、たまに聞き取れてもほとんど面白くない。

追記:谷地健吾はすっかり陰を潜め(仙台へご栄転?)、小川もこもついに番組をクビになりましたね(後任局アナがリスナーからのタヨリをタヨリに事後説明していました)。アクセスログを見ると以前からNHKらしきアクセスもあり、少々「責任」を感じていています。(次は、庶民にヤラセを強いる、あの煩いオバサンアナウンサーかな。)

エコカー補助金を嫌う

昨年5月に購入した(変な和製英語ですが)エコカーの補助金25万円がやっと今日振り込まれました。エコポイントは5ヶ月ぐらいかかるそうですけれど、こちらは何と10ヶ月です。税金の支払いが遅延すれば金利以上の懲罰的な費用を国民に支払わせるのに、補助金はどんなに遅れてもお咎めは無いようで、民主党は何をしているのでしょうか!早くこの仕分けをして欲しいものです。

次世代自動車振興センターなる天下り団体が(自民党支持だから当然ながら)如何に景気浮揚策には消極的にも寄与せず、たかが25万円を支払うのに10ヶ月も「お仕事」をするほどお忙しいという現状は密告すべき事態ですね。(後でしっかりやっておきます。)

振り込まれて12時間以内にほぼ全額を使って40インチのブラビアと発売2週間のブルーレイを買いました。(←公僕に比べ、何と景気に寄与していることでしょうか!)そして5ヶ月後には、泡銭と不労所得が嫌いな私は、この穢れたエコポイントで直ぐに何かを買うことでしょう。(今度はタニタの体重計?)

a. エコカー減税+b. エコカー補助金+c. 値引き = (でその数ヶ月前と比較するなら) 50万円近く安く新車を購入できたのでこれ以上嫌うと天罰がありそうです。今日はこの辺りで止めておきます。(イッテェ)

追記:内緒ですが、このc. は、b,が政権党の選挙対策で突如発表される直前(数日前)だったのでb. には関係なく価格交渉ができ、且つ、この「空白の2週間」に契約したものだけが得られた特権(通常値引き+補助金)を自動者販売会社が良心(?)からか、契約書の書き換えまでして実現してくれました。(イッテェイッテェ)

TOEICを嫌う

2年ほど前に800点を超え、その後に(勤務先の異動時に)十分その元を取ってからは一度も受験していませんが、TOEICが漢字検定並みに怪しいという記事を読んでいろいろと想いだしました。(これはきっと数週でゴシップとして広がるでしょうね。選挙もあるからもう少し時間が掛かるかもしれません。)

http://eng.alc.co.jp/newsbiz/hinata/2009/08/toeic_15.html

TOEIC受験料自体で自腹を切ったことはありません。外資系企業の性として、TOEIC受験を(会社に実費請求できるようにして)奨励してくれました。管理職の登用基準にするなど「活用」する訳ですからこれは当然ですね。私の場合、10回以上をタダ受験しました。残念ながら、少し前に経費削減を理由に会社に請求できなくなりましたが、丁度私が810点を取った後だったので、個人的にはどうでもいいことです。

むしろ、TOEIC受験に一種の精神修養として取り組んでいた頃が懐かしく、(これは自腹の)TOEIC専門塾での4日間集中講座などは無性に愉しかったです。そしてあの神経質でストイックな受験会場の雰囲気は他ではなかなか得られない修養です。母校を含む、近隣の大学の教室での試験というのもなかなか得がたい体験でした。「本末転倒」もここまでくると清々しいものがあります。

そもそも企業がTOEICぐらいで本人の英語のコミュニケーション能力を見極めようなどというのは実に安直であり、手抜きでしょう。そんなものは、英語で自己紹介させ、Q&Aを5分もすれば直ぐに見抜けるはずです。にも関わらずTOEICのスコアがまかり通っているというのは経済合理性とヒトノミチに反していると思います。

、、ということで、TOEICが嫌いなのではなく、TOEICを嫌わないという怠慢が続いている社会や会社(には愉しませてもらった時期もあります)が嫌いなのです。屈折してるでしょう!

教育テレビの非教育的な時短放送を嫌う

受信料を定額徴収している放送局が勝手にその業務を休んでいいのでしょうか?この悪弊は新聞が「新聞休刊日」なるものをでっち上げて実質値上げをしているのを真似ているのかもしれませんが不謹慎極まりない。

本気で環境に貢献したいと思うのならば、巷の(まともな)環境運動に「24時間テレビ」のように募金を募ってもいいし、時節柄、衣食住に困っている方々を支援するための「24時間テレビ」をやってもいい。もちろん、人知れず教育テレビのスタッフが「休み」を返上で汗を流して得たお金を寄付してもいい。でも、そんなことは全く無く期待できません。

受信料など払わなくなってもう20年以上の私ですが、少しだけ公共放送というものに期待していました。でも、この非教育的な教育テレビという代物は「独立行政法人」化して路頭に迷わすことぐらいしないとカイゼンしないと思います。

あぁこれで一生受信料を払わないことが正当化できそうです。

「英語の授業は英語で行うのが基本」を嫌う

ここ数週地味に話題となっている<英語の授業は英語で行うのが基本>との「御触れ」について、英語では人一倍苦労している私として思うところです。

まずはこのテーマに関して、記憶に残った投書の要旨を列挙します。

・所詮高校の授業を通じて、音楽や文学などで世界に通用する能力など誰も期待していないのに英語だけにそれを求めるのはおかしい。(数週前の朝日新聞の投書欄より、、ウロオボエ)

・私は英検2級以下の英語教員に「英語で授業を行え」ということは「人権侵害、生活権侵害」であると思っています。(中略)公立高校全部について「英語で授業」がどの程度可能かを英語コミュニケーション能力のある調査員により具体的に調査し、その調査結果を公表すべきであると思います。 (「あらたにす」への志村英盛・横浜市・75歳からの投稿)

・6年間もやって英語がしゃべれない、とよく言うが、6年間ずっと英語漬けなら別であるが、週に3時間を年間40週、6年間続けても720時間にしかならない。これはネイティブの赤ん坊が1日8時間英語を聞いているとして、実に90日分である。生後90日の赤ちゃんが英語をしゃべれないのはあたりまえなのである。つまり、絶対的な学習時間の不足が原因で、英語力がないから会話もできないのである。(「あらたにす」への広島三郎・広島市東区・60歳・大学教員からの投稿)

・多様な仕事があり、求められる能力もそれぞれだ。これから学ぶ生徒全員が英会話ができなければまずい、ということはない。(中略)高校は義務教育ではないのだから、個々の事情や就きたい職業との関連で学習できるカリキュラムにしてもよいのではないだろうか。(今日の朝日新聞への大学生からの投書)

、、「御触れ」を出した役人とその取り巻き連中の「貧困なる精神」をそれぞれ見事に批判しています。

また、中島義道の『英語コンプレックス脱出』という本には英語教師やその教育のあり方についてこんな件があります。

、、自分の下手な英語を断じて恥じないという態度を徹底的に身につけ、それを生徒に伝えるべきである。修学旅行先で、英米人に出会ったら、引率の英語教師はまず彼らにごく自然に日本語で話しかけるという模範を示すべきであろう。そして、彼らが日本語が解せない場合には、自分を英語教師と名乗ったうえで、その(スタンダード・イングリッシュから見ると)おそまつ至極なジャパニーズ・イングリッシュを、けっしてへらへらしたりつべこべ言い訳したりせずに堂々と生徒の前で披露すべきであろう。(中略)生徒たちはこうした教師の態度から英語と日本語の正しい関係を学ぶであろう。そこにまたとない国際語としての英語教育の場が開かれるのである。

英語帝国主義との闘争が前提とはいえ、「教師達にほとんど過酷とさえ言える要求をしている」のは英語教師(という職業を選択したこと)への逆恨みもあるのではないかと思える節もあります。でも、これはこれで至極効果的な「生きた英語をしゃべる」教育になると思いますし、実際必要なことです。(私も英語が下手な上司がアメリカ人とその英語で口論しているのを目の当たりにして随分「進歩」しました。)

さて、当たり前の話しかもしれませんが、勉強など必要に迫られなければしないのが性であり、これは各種のモチベーション理論も証明しているところです。大学受験があるから、生徒も教師も必死なのであって、英語がある程度できないと仕事にならないから私も必死だった時期があったのです。(TOEICには依存症的に嵌った時期もありましたけど。)将来使うかもしれないから、、程度では普通のひとはモノゴトに真剣には取り組まないものです。

もし、国家戦略として国民の英語力を本気で引き上げたいのであれば、国会はすべて英語で審議を行い(そういえば今の外務大臣は英語が棒読みだった)、NHKの番組の半分は英語にさせ(のど自慢の司会者は英語だけ使って進行するとか、大相撲の千秋楽は英語放送だけにするとか)、例の給付金を申請する書類はすべて英語にする、など自らも痛みを分かち合いながら、国民(大人)が英語で大混乱するぐらいの事態をまずはつくり出すべきでしょう。そんなことは私は望んでいませんが。

最近の例で言えば事故米の販売や給付金の年収制限などと同様、政策遂行上の難問を現場に「権限委譲」するのは為政者の姑息な姿勢として共通したものを感じます。紅葉マークみたいに半年ぐらいで潔く挫折してほしいものです。

完・ワークライフバランスを嫌う

ワークライフバランスというヨコモジが死語になりつつあります。次はエコロジーかな、、。

代わって、ワークシェアリングというコトバが俄かに現実的になってきました。もちろん、「多様就業型ワーク・シェアリング(多様な働き方の選択肢を拡大する)」ではなく、「緊急対応型ワークシェアリング(労働時間の短縮とそれに伴う収入の減額を行うことにより、雇用を維持する)」(日本能率協会の定義)です。

ワークライフバランスの目的を、「女性活用」などという高尚なものとしてではなく、少子高齢化など十数年前から分かっていたことへの応急対策でもなく、単に仕事がなければ生活はできないという次元で捉えなおす時機にあるのかもしれません。国民が働いてお金を使ったり税金を納めたりしなければ国自体が立ち行かなくなるのです。お題目は内需主導型経済へのシフトでも財政再建に向けた税制改正でも何でもいいのですが、中長期的にワークシェアリングは国益にも適うはずですから、ワークをシェアした上でライフのバランスを保つ方向を政策が推進することは正しいと考えます。(変な日本語の例文のようで気持ち悪いのですが、、。)

その意味からも、ワークシェアリング導入の障害となっている、日本社会の労働時間の実態(割増率の低い残業, サービス残業, 年休未消化)や非正規労働者の賃金水準をフェアなものに変える時機でもありますね。(前者については、私、しっかり「障害」と戦っているでしょ!)

さて、日本の経営者は少し前までその充実度を競っていたワークライフバランスを維持できるのでしょうか?(環境経営も同様です。このあたりは日経ビジネスの企業広告の量を見ているとゴマカシの効かない実態を知ることができますよ。)ここに来て、ソニー、ホンダ、キャノン、パナソニック、日本IBMといった優良企業(さらにはシャープなどの不良企業)の体質の違いがはっきりと出てきました。これはこれで見物です。(株価も見物←しつこい!)

そして、決算のある春先に向け、ワークライフバランス(Googleのヒット件数1,090k)とワークシェアリング(同、102k件)の話題性が逆転する日も近いと思います。(ワークシェアリングを嫌う日も近い?)

故に、、、もうワークライフバランスを嫌うのは「完」にします。

「有給休暇」を嫌う

今日が「仕事納め」でした。社会主義的不況で経営(者)危機になっている勤務先は、来週から社員の有給休暇を使ってこのあと年内は「休業」するのです。

経理上の話しとしては社員の有給休暇を消化させることで見かけの数字の何かが改善するそうです。もちろんセコイ話しとしては光熱費などもあるようですが、そんな計算よりも社員のモチベーションの劣化を金額に換算していない点が経営としては実に寂しいものがありますね。要するに「あなたに休んでもらっていた方が会社は儲かる」ということなのですから。

せめてワークシェアリングというコトバでも使って、そうすることが結果として社員への痛みを減らすことになることを説明して欲しかった。実は本国の社長はそういう説明をしているのでこれは本当らしいのです。ただ、日本の法規か経理上の約束事が追従できないのでそういった説明をしていないのではないか、というのが私の勘繰りです。

さて、「愛社精神」に満ちた私としては末永く愛し(嫌い)続けたいので速やかに「有給休暇」に応じました。これで今年は(昨年からの持ち越し分も使うので)100%を越える有給休暇消化率となります。

こういう不純な「有給休暇」はきっと来年もあるのでしょう。その度に会社や仕事を嫌う、私のような人間が増えて行くことには一抹の不安を覚えます。(そろそろ会社や仕事を好きになろうかなぁ~)

給与カットを嫌う

経営(者)危機の話しを記事にしましたが、その後の社会主義的恐慌のオカゲもあって、勤務先では業績悪化(見込み)を自らの責任で全うすることができない経営者が来年1月からの全管理職の給与カットを言い出しました。「経営と一体」という管理職の定義はこういうときに「活用」されるのだなと思う一方、去年の鳴り物入りで始まった、精緻を極めたはずの「業績連動型給与」への移行とは一体なんだったのか?とも思っています。

役員は来年1ドルで働きます、儲かったときにはちゃんと還元します、過去の経営者には自主的な退職金返還を求めます、なんていうことがあれば少しは納得するかもしれませんけど、そんなことは全くなく社会主義的に分担するようです。少々給与カットをしても転職なぞできる時期ではないはずだ、がきっと前提なんでしょうね。

もちろん私はさらにグレて仕事をしなくなり、定時に退社する日々が続いています。でも、根がマジメなのか、朝の混んだ電車でトラブル!を起こしたく無いからか、家族と時差をつけたいからか、毎朝職場では1-2番で出社しています。(出社後は私事に感けていますが、、)

前にもどこかで書いた通り、本当は数ヶ月前に別の職場に(白紙の楽譜のように)異動するはずだったのですが、労使紛争もあって未だ「適応障害」を起こしている職場にいます。それでも転職なぞは全く考えていません。ローンが続くこともありますが、経営者一人クビにならない程度の危機状況なのですから、暫くは「じっとしている」のが一番(の仕事)だと思っています。

私の勤務先はやっぱり基本的なユトリがあるのだな~と思う日々を静かに過ごしています。

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