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今更ながら「元気をもらう」「勇気をもらう」「感動をもらう」を嫌う

「元気をもらう」「勇気をもらう」「感動をもらう」の類はもう相当に嫌われているようです。

http://togetter.com/li/32684

「善人」がインタビューを受けると「そうですね~」から始める(始めざるを得なくなる)麗しき日本の社会風土と同列に論じてもいいんでしょうが、何故かもっと強い嫌悪感があります。これは「もらう」というコトバの持ついい加減さに由来するのでしょう。

元気、勇気、感動をばら撒くのが仕事になっている「24時間テレビ」のようなところからもらうのは勝手にドウゾなんですが、そうではない事象に対してまでそのような発言があると「誰もお前になんかやっていないゾ~」という声がどこから聞こえてきます。学生時代の記憶ですが、贈与に関する文化人類学の考察によれば、「もらう」というのはお返しが伴わないと成立しないんですね。

所詮コトバの誤用に過ぎないのでNHKか朝日新聞あたりが特集すると廃れるはずですから、今は「あぁ知性の無い輩がここにもいた」ぐらいで無視するのがいいのかもしれません。

でも、「嫌悪感をもらう」「絶望をもらう」「悲惨をもらう」などの誤用が出て来たら困ります。これらは日々の自分自身ですから。そして、これらにはお返しなんかしなくても、自分の中でしみじみと味わって人生を「豊か」にしていいはずと都合よく解釈しています。(夏休みが終わるとこれらのコトバが聞こえてくるんです。あぁ~)

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コメント

まったくもっていやなことばです。 元気をもらう この嫌悪感は最近とみに身にしみます。

amiciziaさん
「本当に」もホントウニ嫌われているそうで、実態の伴わないコトバは狩られるべきなのかもしれませんね。
ちなみに今日が私の誕生日で恐らくは人生の丁度半分です。

あと、
きっちりと、
きちっと、
この内容のない言葉が出てきたときには、
それこそ、きちっとできないんだと考えてしまいます。

eric_breaさん

ホントウにご無沙汰ですね。

内容の無い言葉というのは沢山ありますからそれをキッチリと嫌って避けようとすると会話ができなくなりますね。故に(?)、最近は仲間から聞き上手だといわれるほどになってしまいましたよ。でも、ゲンキもユーキもカンドーも何もあげていませんからそのうちまた嫌われるはずです。

是非またブログを再開してくださいね。(打倒ツブヤキシロー)

ブログの再開ですが私もお願い致します。 中島義道病から治癒して、少し世の中をバランス良く眺めるように出来るようになったものの、「善人」および「善人言葉」「世間語」に対してはいぜん嫌悪感を募らせております。 また、最近は「嫌悪感」というクオリアを大切にしております。大切に育てているといった方が正しいでしょうか。 そのためにすっかり最近は「嫌悪感」を感じる対象が近くにあるとすばやく拒否反応がはたらきます。 メデタシ

amiciziaさん
少々間が空きましたが近況報告も兼ねて新しい記事をアップしました。
ところで、私の方は周囲の人間との関係でいえば、嫌悪感を大切にしたからでしょう、(最近言われたところでは)とても落ち着いて人間関係を良好に保っている見えるようです。たまに宴席などで「本当の事」を言ってしまうんですが、それでも何か正しいことのように聞こえるらしく、妙に賛同されてしまい、後でその通りの言動がやり難くなって困る場合があります。ツカレル

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