ノラネコエサやり依存症患者を嫌う
野良猫に餌をやるほとんどの方は依存症ではないかと思うようになりました。
「ひとを嫌う行動の難しさ(野良猫の飼い主編)」という記事を約1年半前に書きましたが、甘かった。自称ジャーナリストによるJ-CASTニュースという素人のブログのような記事を配信する通信社の記事を読んでいるうちに嫌悪感が出てきたので半日ほど考え、このタイトルに到りました。パチンコやタバコと同様、これはその定義通りの依存症です。
精神に作用する化学物質の摂取や、ある種の快感や高揚感を伴う特定の行為を繰り返し行った結果、それらの刺激を求める抑えがたい欲求が生じ、その刺激を追い求める行動が優位となり、その刺激がないと不快な精神的・身体的症状を生じる精神的・身体的・行動的状態のことである。(Wikipedia「依存症」より引用)
加えて、依存症患者は、「病的な心理的防衛機制である<否認>を多用するため、しばしば依存症は『否認の病』とも言われる(同)」そうですから、この不可解な人間行動をほぼ正確に言い当てていますね。
「ノラネコエサやり」を「地域の環境問題」と主張する、この千代田区在住(=多分マンション住人)の香取章子というジャーナリストには、野良猫の臭さや煩さに迷惑する地域住民(の「地域の環境問題」)や動物愛護センター見学で自省する方々の感受性を理解できず<否認>し続けることでしょう。自ら「猫教の伝道士」と名乗っているぐらいですから、これは自他共に認めるホンモノの依存症患者です。
また、近所をジョギングをするたびに遭遇する「ノラネコエサやり依存症患者」をよくよく観察すると、自分がノラネコを支配していることを確かめるようにエサをやりながら、鳩やカラスを追い払うなど、とても動物愛護の精神があるとは思えない。少なくても「動物を愛する心こそ、人類愛に通じる」(日本動物愛護協会のモットー)からは程遠いものがあります。
一方、依存症患者の周囲としては(私のように個人的に戦うことは稀であって)、パチンコやタバコのように何らかの規制を求めざるを得なくなります。(北九州市のように実直なものから杉並み区の取り組みのように考え抜いたものまでいろいろあります。)
やはり修行としてネコババとは戦わねばなりません。
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