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ドアを背にする輩を嫌う

「通勤電車で嫌われる私」の続編です。

大学時代に学んだE. ホールの影響でしょう、混んだ通勤電車では<Personal Spaceの公平な配分>をモットーに「立ち位置」を決めています。(注:パーソナル・スペース(個人空間)とは「物理的には我々の身体の一部ではないが、自分の身体を取り巻いて、あたかも自分の所有物であるがごとく感じる空間」と定義されます。)

混んだ車内では「15cm~46cmの身体接触が容易な距離。恋人、夫婦、赤ちゃんなどがこの距離にいることは許されるが、それ以外の人がこの距離に近づくと不快感を伴う 。」とされる密接距離(intimate distance)にあるのですから、公共空間としてこの不快感は分かち合うべきだと考えます。このため、乗り込む際には、その場の状況を把握して、公平に不快感が行き渡っているか点検し、少しでも不公平が発見されればそれを是正できるように「体を張って」います。新聞や携帯電話はもちろん、集団による「不法占拠」に対しては、「格差是正」のために自分をどうポジショニングさせればよいかを見極め、ゲリラ戦で挑みます。冒頭のブログにも書きましたが、最近はさらにいろいろと技も充実してきました。

その点、ドアを背にする輩は許せません。新聞や携帯電話のためのスペースを確保するためでしょう、周囲3方向にPersonal Spaceを確保しながらそれを守るために周囲を牽制します。あの態度は、こっちを向くな、こっちに近寄るな、と言っているわけです。これは不公平であり、嫌悪すべき対象です。でもこれはFADが3人いないと撃退できない。

実は、地元の駅はドアが前後の駅と逆のため、「ドアを背にする輩」に毎朝遭遇します。常連が2名ほどいて、私は遭遇するたびに「戦って」います。今朝は「新人」がいて、(守備を強化しているつもりなのでしょうが)床に置いた大きなカバンが実に邪魔でした。そこで足でカバンをジリジリと隅に追いやり、揺れに便乗してたまに踏んでみました。もちろん偶発性を装って、、。当人は最初は無視しようと努力していたようですが、段々気になったようで、最後はカバンを網棚に上げ、ドアの方を向いてしまいました。(←成功!)まあ、目を閉じて英語のRepeatingをモゴモゴとやっている不気味なビジネスカジュアル男から攻められるのですから、さぞ不快感を味わったことでしょう。

一方、似たような姿勢として、ドアと座席の角を背にする輩もいますが、これは2方向で「説得力」もあまりなく、左右どちらからか攻められ、最後は角に向かって「転向」することになります。ちなみに、私が「角」に位置した場合は必ずその「転向」したところから始めるようにしています。まるで私の人生みたいです。

どこかで読んだのですが、関東ではドアに向かって立ち、関西ではドアを背にする、とのこと。(混み方を同一とすると)これは周囲への配慮という点で地域性が出ていますね。本音の関西と品性の関東。でも、この「関西人」が最近は東京でも増えているように感じてます。困ったものです。

「ドアを背にした乗車は他のお客様に迷惑ですのでおやめください」といった車内マナー向上標語ができるまで「わが闘争」は続きそうです。

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コメント

混雑している電車で荷物を床に置いている輩がいます、若いあんちゃんに多いんですが、あれは本当に頭にきます。 私もわざとつま先でふんづけたり(故意に)してます。 それからドアを背にしている輩ですが、これは一種の痴漢です。 仮に近くに女性がいたら、この痴漢と面と向かって抱かれなければならないからです、常識人(この言葉は嫌いですが)ならばドアに向かっているのではないでしょうか?私の場合ですが別の理由でドアを背にしません、それはいつ何時 機械の故障で走行中にドアが開いて外に放り出されるかという恐怖心からです。

FADさん、ご無沙汰しておりました。うつ病で自宅療養中です(苦笑)
私は、昔から扉側に顔を向けていますね。混んでいるときは。
それは、高校生のころ、朝の山の手線外回りを代々木から乗っていたというのもあるんです。新宿と渋谷の間で降りる人はほとんどおらず、(予備校生が降りるのはその後の時間帯)扉が開くと人がそこから落ちないように必死で電車につかまって盛り上がるようになっている。
そこで、背中から押してホームに足をかけて、扉が閉まる瞬間にサッと足を中に入れる、そうやって入っていく癖がついたんですね。外側を向いているほうが押されても気楽でいい。その混みようで、自分の顔にキスされるくらいの近さで、人が来るのっていうのは考えられなかったですから。
背中を押される分には全く異論ございません。

それにしても、JR東日本(企画?)の優柔不断さにはあきれますね。
彼らにしてみれば、いち地方の神事など、大手の広告に比すれば芥子粒ほどでもないということなのでしょう。
それこそ「広告の興廃この一戦にあり!」ですね。苦笑

それでは。
ブログすごくかっこよくなりましたね。
またきます

Amiciziaさん
「荷物を床」作戦をとる輩も質(たち)が悪いですね。リュック問題は数年前から認知されていますが「荷物を床」問題は一般化できないためか踏み込めていないようです。あれに躓いて怪我でもしたらどうしてくれるんでしょうかね。また、ドアが開く可能性は確かにありますから、FMEAとして9*1*9=81である旨を告知するだけでも効果はあるかもしれません。「都市伝説」的に「あれは開くんことがあるんだって・・」と流布するのもいいですね。

eric_breaさん
自宅療養中でしたか。そちらのブログでのコメントから察して「社内うつ」=適応障害のようにお見受けしました。ゆっくり休んで、人生の転機になるといいですね。(私は4年前に8割方そうできました。)
「キス」作戦をしてまで体を張りたくはありませんが、立ち位置を微妙に変えることで「ドアを背にする輩」と「携帯メールで既得権を主張する輩」のランデブーに成功したことはありますよ。
JR東日本の広告の件、先日の朝日新聞にも出ていましたね。「不安や不快の念をもたらさないか」というのが関東交通広告協議会の基準のひとつだそうで、そうすると週刊誌の広告なんか全滅のはずなんですがね~。
今後もコメントよろしくお願いします。

IPアドレス210.131.5.11さん
「しね」を辞書で引いてみました。
>根性。性質。どちりなきりしたん「生得-悪しきものあるに於いては何とすべきや」
これは難しい日本語で奥も深そうですね。
恥ずかしがらずにまた投稿してください。

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