無料ブログはココログ

« ティッシュ配布人を嫌う | トップページ | 「遙洋子」の編集者を嫌う »

孤独力を愛好する

人を嫌う修行の究極は、「孤独」の持つチカラを信じて、それを愛好することではないか考えています。中島義道も近著で似たような主張をしていますね。

ぜんさんのブログでその記事のご案内を頂いたものですが、孤独力という怪しい学問があるそうで、これを提唱している方(とその肩書きになっている大学)も怪しく、学問としてはまだまだ詰めが甘い。でも、着眼点(例えばLonelinessとSolitudeは違う、など)は素晴らしいと思います。

この領域は学際的研究の対象として十分展開できます。社会学、心理学、哲学、宗教学などに加えて、メンタルヘルスにも有効と見ました。そして、ぜんさんのブログからの引用ですが「お釈迦さまは『犀のごとく、独り歩め』とおっしゃいました」そうですから、決して今に始まったものではなさそうです。個人的には「孤独」でいることを愛好することができるほど人間としての成熟に近づくのではないかと思っています。

いくつか上記リンク先の記事から引用しておきます。

Q. そこで先生の「孤独学」では、消極的な孤独を「ロンリネス(孤独感)」、積極的な孤独を「ソリテュード」と呼んで区別しています。孤独が持つこの二面性、実は私たちも普段の生活の中で体験しているんですね。

A. その通りです。ロンリネスは誰でも分かりますね。ソリテュードは、例えば集団から離れ一人ゆっくりお風呂に入って、「ふぅーっ」と一息つく時。あるいは、何もせず、お茶でも飲んでいる時。そんな時に素晴らしいアイデアが浮かんだという事はありませんか? それがソリテュード体験の第一歩。(中略)皆さんソリテュードは感覚的に分かるけれど、それが起こるメカニズムを論理的に説明できないし、ソリテュードには心理的、医学的、社会学的に効用があるとされているにもかかわらず、それを知らずにいる。(後略)

知識と経験を知恵に発酵させるために必要なもの──私はそれを、「心ののりしろ」だと考えています。もっと分かりやすく言えば、何もせずぼーっとしている「余白の時間」。ぼーっとしていると言っても、心の中ではいろいろな事を考えているかもしれない。(中略)「今日は自分の中の孤独力を発酵させるための一日だったんだ」「今日一日ソリテュード・タイム(積極的孤独時間)を過ごした。明日からもっと、ラクに生きられる」など、とにかく自分にそう思い込ませるんです。なぜそんな呪文を唱えるような事をするのかというと、その裏には、自分が何もしなくても勝手に動いているメカニズムがあるからなんです。(後略)

Q. そうなると孤独力は、「人生をよりよく生きるためのツールのひとつ」と言えますね。

A. そのとおり。私は「心の丈を伸ばすツール」だと考えています。(中略)子供の頃から一人でいることが好きだったのですが、大人になるにつれ、一人でいることに違和感を覚えるようになって、10代、20代の頃は無理して周囲に協調していました。(後略)

自分の思考やそれに基づく行動に関して、いろいろな側面から裏づけを得られるのは嬉しいものです。

« ティッシュ配布人を嫌う | トップページ | 「遙洋子」の編集者を嫌う »

心と体」カテゴリの記事

コメント

lonely(消極的)とsolitude(積極的)の対比は非常に参考になりました。solitudeと言うとどうしてもJAZZの曲を思いだしてしまうんですが、デュークエリントン?ミンガス?確かフリージャズの曲でもありましたね。 Solitudeを実践するというのは非常に大切なことだと思います。 一種の孤独力を鍛えることになります。

amiciziaさん
ご参考になったようで記事にした甲斐がありました。新年に向け、孤独力(孤独でいることの効力)をさらに高めたいと私も思っています。家族には不評ですけど。
ところで、Jazzなら、Solitudeはエリントンの作曲ということになりますが、カッコイイエイゴだからでしょう、タケカワユキヒデから大江千里、堂本光一まで曲名に使っていますね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/172974/17333896

この記事へのトラックバック一覧です: 孤独力を愛好する:

« ティッシュ配布人を嫌う | トップページ | 「遙洋子」の編集者を嫌う »