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「私の嫌いな10のジャズ・ミュージシャン」(その1.明るいジャズ・ミュージシャン)

またまた日経ネタですが、モダンジャズのミュージシャンとその演奏を紹介する記事が日経サイトに不定期に出ています。http://www.nikkeibp.co.jp/style/life/joy/jazzlp/060629_dizzy/

6/29Dizzy Gillespieということで思わずこのタイトルが浮かび、10回シリーズの構想も練ってしまいました。「明るい・・」に続いて、「女性の・・」「若い・・」「健康的な・・」「笑う・・」「金持ち臭のある・・」「練習していない・・」「副業の・・」「知性の無い・・」「品が無い・・」などを順不同不定期に予定しています。

まずは第1回として「明るいジャズ・ミュージシャン」について。

スイングジャーナルかジャズ批評でかなり以前、アメリカ合州国と日本で人気のギャップ(西高東低)が激しいミュージシャンとしてDizzy GillespieLionel Hamptonを挙げていました。ステージでの道化振りが日本のジャズ・ファンには不評との分析があったと記憶します。確かに、ジャズ・フェスティバルの録画などで観た、不用意な「明るさ」の押し売りは白ける。そして、外面を明るくして「熱い」のは、内面からのそれと違って、暑苦しく、迷惑に近い。「名盤」との振れ込みに騙され、LPレコードを買ってしまい、聴衆の盛り上がりとは裏腹に、プレイ自体が集中力を欠いた代物の連続で損をした記憶も蘇ります。Dizzy GillespieSalt Peanutsは貧相な曲想に加え、Salt Peanutsと連呼する意味が不明、Mantecaは演奏が不用意に長い。Lionel HamptonStar Dustでヨダレがかかりそうなアァ~アァ~という声もKeith Jarrettのような必然性を感じさせない。これらのレコードは聴くには耐えなかった。

そういえば、Lionel Hampton楽団に所属していて、Hamptonを尊敬していると発言していたMaltaというアルト奏者もいたが、あの妙な間を持った「明るさ」も嫌いだった。今どうしているのか?検索エンジンでもろくに出てこない。さいたまんぞうは出てくるのに。

何もジャズは暗くて陰気でなければダメかといえば、陽気というカテゴリーに入るCount BasieOscar Petersonなどは私も嫌いではない。この違いを考えてみると、Dizzy GillespieLionel Hamptonは「性格や表情に曇りがなく、晴れやか」に振舞っているようだが、どこか「心が晴れ晴れしいこと」を感じさず、その落差に陰険さを感じるのだと思います。ステージでは派手な身振りでファンへのサービスを過剰にしながらも、ステージが終わるとバンドのメンバーに暴言を吐くような。でも、Count BasieOscar Petersonはいつでもどこでもだれにでも紳士だろう(と思わせる人格がある)。

陰険と言えば、Miles Davisなどはステージであろうが路上であろうが私生活であろうが、一貫して陰険な感じを漂わせているのでそのジャズとの矛盾がない。しかし、Dizzy GillespieLionel Hamptonなどは喜怒哀楽をあからさまに出した演奏をしながら、表現としての重みが感じられず、その場だけの表面的な軽さを感じさせてしまう。ここに一種の欺瞞を感じるわけです。

「明るい」ということは、隠そうとするものがないか、表に出しても大丈夫な場合に限って有効な態度であって、取り繕った明るさは、液晶TVで白いレースのカーテンを見たときに実感するような(←やってみるとプラズマTVを買いたくなりますよ)、表現力の無さを露呈させるものです。

一方、このような「明るい」ジャズを、アメリカ合州国における大衆演芸だとする見方に接した事があります。あのように軽薄な振る舞いで、自分を客として楽しませようとする芸人を良しとする風土があるという主旨でした。金さえ払えば、客として扱い、こちらの機嫌を取ろうとする様を見ていて、自分が優位に立てるので気持ちがいいのでしょうね。これはいかにもあの国の大衆の感性に相応しい。

思うに、私がジャズを芸能ではなく芸術として鑑賞する対象だという前提で思考しているからこのようなギャップが出てくるのでしょう。

誤解なきように付け加えますと、私は「明るいジャズ・ミュージシャン」やその芸能を「悪い」といっているのではなく、「嫌い」なのです。このシリーズではこの「嫌い」を延々と追求します。

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コメント

前の送信したら文字化けしてしまいました。かたじけない。
eric_breaです。
 私も、本格派ジャズは不得意分野なのですが、80年代に流行ったニューヨーク系PunkJazzなどという系統が好きですねえ。
The Lounge Lizards,Arto Lindsay,Bill Laswellてなところが、青春でした(笑
 で、MALTA、そうです、ダメです!軽過ぎます、音も曲も・・・。私も好きではなかったなあと。
 Jazzの発生からしても無節操に明るすぎるものはあまりにも商業的であり「過ぎる」とも思えてしまいます。しかしFADさんの言うようにCount BasieやOscar Petersonは「楽しい」のです。明るさとは少し違う、今気づきました。
 また、Miles Davis のストイックさ、これもまたいい。 なんかまとまらなくなってきたのですが、その無節操な明るさと、楽しさの違いが分からない連中にはがっかりというところでしょうか。
それでは。

[返信]
いつもコメントありがとうございます。(文字化け削除しました。)
随分と渋いJAZZもお聴きですね。Bill Laswellがメンバーで入っているアルバムはその昔Jazz喫茶で大音量聴いたことがありますよ。そういえば、同じ系統ではありませんが、Albert Aylerに嵌ってクセになったことがあります。
「無節操な明るさと、楽しさの違い」とは分かりやすい表現ですね。実は無節操に暗いのを私は好きなんです。Dave PikeとBill Evansのアルバムなんて、いつでも落ち込ませてくれるのでとても良かった~。(FAD)

ディジーガレスピーは「明るい」JAZZミユージシャンに加えて「練習しない」JAZZミュージシャンではないでしょうか?バドワイザーJAZZフェスティバル等でのあの非常に怠惰な「枯葉」の演奏などは殆ど”原価ゼロ”のぼったくり興行ですな。個人的には非常に嫌いなミュージシャンです。さて、ライオネルハンプトンですが、実は小生は横浜球場でオーレックスジャズフェスティバルでライオネルハンプトンのオーケストラのコンサートに行ったことがあります。しかもその中のメンバーにマルタがいるという今で言うとコテコテのメンバーでした。 ハンプトンというのは音楽的に言うとまぁダンスミュージックというかコミックバンドというか、とにかくそういうノリです。ジャズで桜とか演奏して、球場全体が総立ちになって盛り上がったりしましたが、まぁそういう意味でライブでは楽しいしストレス解消になりますが、”純音楽”としての価値はありませんね。(手厳しいですが)とにかく相手を乗せるのが非常に上手いオッサンでした。

[返信]
Dizzy Gillespieの被害者でしたか。あのカエル面で曲がったTpを吹く様は現物を一度見たいと思わせる程度の効果はあるのでしょうが、二度と見たくないと思わせるような演奏をしているようですね。
Lionel Hamptonではそこそこに楽しかったようですね。志村ケンがたまにやる、「飲み屋のオヤジが年を取り過ぎていたら・・」みたいに、「これでどうでぃ」みないな感受性の無さが目に浮かびます。やはりあれば「見世物」ですね。(FAD)

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