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「悪い景観100景」を嫌う

これには強烈な嫌悪感を持ちました。不遜で無責任な点では「これ読め500選」の比ではありません。

今日5/28の朝日新聞の記事で初めて知ったのですが、「美しい景観を創る会」という建築・土木・都市計画などの専門家によるボランティア団体があり、「悪い景観100景」というものを「訴訟も受けて立つ、という覚悟」で公表したりして、「美しい景観づくりの国民運動を広げるための一翼を担う」のだそうです。

http://www.utsukushii-keikan.net/10_worst100/worst.html

記事には「悪い景観」の加害者(被害者?)である鹿児島の駅ビルの担当者による極めて正当な反論や、この「反論しにくい仕掛け」にポジティブに抗している神戸の建築家のブログが紹介されています。

http://homepage.mac.com/asami.masayuki/asamishinbun/PhotoAlbum17.html

景観とは、「風景外観」に「美しさ」を求める意味合いと、「自然と人間界のことが入りまじっている現実のさま」という中立的な意味合いがありますが、この会は「美しい景観」を創るのが目的ですから、美醜という価値観(さらにはイデオロギー)を含んだ内容を取り扱っています。実際、100選やそのコメントを読むと、専門家達個々人の価値観が剥き出しになった、恣意的な内容です。

私の感受性で大きく引っかかったものをいくつか上げます。(末尾の番号は100選に準拠)

1.実際に生活している人のいる住居に対して、「貧相」「まずしさ」「みずぼらし」などと宣告するとは何と不遜な事でしょう。スラムを指して、不衛生だ、不法占拠だ、経済の歪だ、というのは、それを強いられた人々への同情や社会の矛盾に対する怒りが背景にありますが、ここでは「悪い景観」として実際の生活の有り様を見下している。恥ずかしい、目障りだ、消えて無くなれ、と。(#28,#54ほか)

2.歩道橋を肯定しているとは何たる時代錯誤。歩道橋を美しい景観として創る、のでしょうか。しかも、写真で見る限り、横断歩道にすれば済むような場所。クルマとヒトの力関係を肯定して景観を語ることには、モノを造ることが仕事である専門家の「壁」を感じます。(#46)

3.違法である捨て看板や路上広告物や商店のはみ出しなどは、法律の範囲内にある屋根や壁面の広告物とは事情が異なります。「公共空間にふさわしくない」などと悠長なことを言っている場合ではなく、やる気があるなら、自分で文句を言いに行くか、通報して公僕に取り締まらせるかすればいいのです。(#25,#33,#35)

このほか、何度も出てくる「田舎は田舎らしくしろ」イデオロギーには差別すら感じますし、既得権の主張に過ぎない「眺望阻害」の例がいくつも出てきます。

さらに言うなら、領域が曖昧に設定され、論点も階層化もされていないためでしょう、次元の異なる問題や重複したものが並列で出てきます。これでは人に呼びかける内容としては怠慢です。この100選はメンバー12人が合意しているそうですが、「専門家による協調などではなく、日本的な習慣ではなく、激しくやっていきたい。」という会長の宣言も虚しく、メンバーが出してきたものをそのまま列挙するという、ひとつの協調の結果に見えます。

「悪い」と言っておけばそこに何か客観性があるように思わせることができるという姑息な設定も嫌いです。それも一部に違法なものを混ぜておいて。はっきりと「私達が嫌いな景観」と宣言すれば、メンバー同士の主観で決めていることが明確になります。その上で「嫌い」な景観を、恥ずかしい、目障りだ、消えて無くなれ、という主旨で「国民運動」を展開し、法律や規制の制定に向け正々堂々と活動をしたらどうでしょう。

電柱・電線のように、法律に触れていない、私も嫌いな景観も出てきます。これはこれで取り組んでいって欲しいですし、私も「活動」はしていきます。加えて、「みっともない宝くじ売り場」などというなら、救急車や選挙や「大学堂」の騒音、駅でのビラ配り、歩行喫煙なども広義には景観でしょうからしっかりとリストに加えて欲しい。会として「訴訟も受けた立つ」などと待ちの姿勢ではなく、電力会社や不動産会社に対して訴訟を起こし、激しく戦って欲しい。私もこれから捨て看板をゴミとして捨てに行きますから...。

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コメント

悪い景観 というサイト初めて知りました。この写真とそのコメント、なにかそこはかない気持ち悪さを感じます。
FADさんの言うとおり、違法であればそれを取り締まってもらえばよいし、ただ、生活感のある川っぺりの情景を4畳半フォークなどと茶化されちゃたまりません。そこにはそこに生活している人達が居る。生活者の視点に立たないのならば全く人の居ない都市でも作ってくれと。
私は「悪い・・」とそれをことさら取り上げる朝日にも作為的偽善を感じるのです。

[返信]
eric_breaさん、「気持ち悪さ」を共有できたようですね。
生活者の視点のない建築・都市計画・土木関係者は、ヒットラーが作らせた都市や、ポルポトが作らせた村が理想なのかもしれません。
この時期に朝日新聞が取り上げたのは、単に記事が空いてしまったからなのでしょうが、過去の日経のサイトなどに比べれば両論併記されているだけ偽善は少ないと思います。

トラックバックありがとうございました。
私も最初に得体の知れない「気持ち悪さ」を感じました。この気持ち悪さがきちんと説明できないので、いろいろもがき苦しんだ上で、朝日の記事のようなことをやってみた、という感じです。
FADさんが、かなり明瞭にこの気持ち悪さを説明されているので(かなり反省しつつも)ちょっと溜飲が下がった気分でおります。「嫌う」というのは分かりやすくていいですね。立ち位置が明瞭です。
下手に公正を標榜しようとがんばるあまり、言いたいことも言えず中途半端なことになっている拙ブログも、ちょっと見習わなくてはなりません。
「考え直す」については、何が何でも「褒めたい」ワケではなかったのですが、これには、ご批判もいただいており、若干調子に乗りすぎたかと反省中です。
またお邪魔します。ありがとうございました。
トラバ返しておきます。不要なら削除ください。

[返信]
あさみ編集長さま
朝日新聞・首都圏版で貴ブログが紹介され、コメントが殺到している中、わざわざコメントを頂きましてありがとうございます。
気持ち悪さを原点に、あそこまでブログで展開される姿勢には頭が下がります。私も「国民運動」として推進し、嫌悪感を多くの方に訴えかけたいと思う所存です。ナンチャッテ
写真を見て「考え直す」には、後日投稿をしてみたいと思います。
是非またお立ちよりくださいませ。(FAD)

社会主義の国とは違って、自由が認められた国なので、人や組織の営みが様々な色を放っていることは悪くは無いはず。確かに見苦しい景色はありますが、排他的に糾弾するのではなく、もっと寛容であってほしいです。
戦後の日本の発展を支えてきた工場が、公害ならともかく、見た目が汚いと非難されるのはとても悲しいものがあります。

[返信]
black0001さま
ご多忙のところ、コメントをありがとうございます。
寛容さの欠如という視点から、「悪い景観100景」を眺めるのも一考ですね。建築、都市計画、土木とくれば、計画経済の方がきっと仕事が捗るのでしょう。(何というイデオロギー臭!)
私も製造業なので、厳しいコスト削減競争をしているマジメな工場が、その外見だけで一方的に非難されることにはとても不快感があります。
これからもお立ち寄り下さいませ。(FAD)

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