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ひとを正確に嫌う事の難しさ

「中島義道の嫌いな部分」が不正確であることを初期の著作を読んで分かりました。

「妻と息子のプライバシーには気遣いがあるようだが・・」としましたが、自分の記述の背景を読者に理解させるためとは言え、妻の流産の事まで生々しく書いている(但し初版では編集者によりカットされた)のは凄い。ひょっとすると、その後の妻への憎悪によるものかもしれません(私も危ない!)けれど、つくづく「人を正確に嫌う事」は難しいものだと思いました。また、「なぜエスタブリッシュメントとしての経歴を披露するだろうか」と思ったら、その中でもマイノリティとしてやってきたことを説明するためのようですね。

たしかに、マイルスやコルトレーンも数年で変わっていきますから、数枚聞いただけで好き嫌いを判断するのは無謀ですし、モッタイナイものです。

でも、そんな「壁」ができないように気を付けていたら、いつまでたっても「ひとを正確に嫌う事」はできなくなります。これからは、「これこれの範囲で判断するなら、、」と前置きをするか、「その時点では私はその事を知らなかったから私は間違っていない」とウィーン人みないに「自己防衛」するか、ですかね。やはり修行が必要です。

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